2021/01/05
はじめに

学級通信や学年通信上での新年の挨拶シリーズ第2弾は、もへちゃんの愛読書「詞集 たいまつ」(むの たけじ著、評論社刊)にインスパイアされた通信を紹介します。
「詞集 たいまつ」や、むの たけじさんのことは、今まで何回かこのブログでも書いてきました。
- むのたけじ著「たいまつ」を使って、4行日記や班ノートの質を深める
- 実りの秋と詞集 たいまつ
- 連絡帳等に書く赤ペンの返事、「がんばろう」ばかり書いてちゃダメ
- 節目…最後に結びおえた結び目からは決して下がることのないように
- 怠けるときにそのひとを思えば鞭うたれる、そんな友がほしい
Wikipediaによると
むのたけじ(本名:武野 武治、1915年1月2日~2016年8月21日)は、「戦争絶滅」を訴え続けた日本のジャーナリスト。
報知新聞記者を経て、1940年(昭和15年)朝日新聞社に入社、中国、東南アジア特派員となるが、敗戦を機に、1945年(昭和20年)8月15日、太平洋戦争の戦意高揚に関与した責任をとり退社した。
(中略)
1948年(昭和23年)元旦、妻子4人を連れて秋田県横手に帰郷、2月にはタブロイド版の週刊新聞「たいまつ」を創刊、反戦の立場から言論活動を続けた。
以後「休刊」の1978(昭和53年)の780号まで出し続けた。
Wikipediaより引用
とあります。
「詞集 たいまつ」におさめられている「詞」とは、タブロイド判新聞「たいまつ」の第1ページ最上段にのせてきた短句です。
ちなみに、もへちゃんは「詞集たいまつⅠ」~「詞集たいまつⅢ」の3冊を持っています。

では「3年7組学級記録 No.89」(2011年1月11日発行)を紹介します。
どの部分が、「詞集 たいまつ」のオマージュなのか、考えながら読むのもいいかも(^^)
2011年 start
2011年がスタートした。
君の人生にとって、試練の年の幕開けだ。
- 私立専願受験(1月25日 火)迄、あと14日
- 私立前期受験(2月4日 金)迄、あと24日
- 公立推薦受検(2月9日 水)迄、あと29日
- 私立後期受験(2月10日 木)迄、あと30日
- 公立一般受検(3月9日 水)迄、あと57日
- 卒業式(3月11日 金)迄、あと59日
いよいよだ!
雨だれも続けば、石に穴を開けることができる。
「継続は力なり」ってやつだ。
けれど、それでできた穴で、君の夢がかなうだろうか?
「コツコツやってきたから、努力は報われるはず」って楽観的な考えが、すんなり通らないから「人生の試練」なんだ。
不安になったり、「もうダメやん」とあきらめたり…お先真っ暗に感じたりするのも、今の時期だ。
闇の濃さ
最近はしなくなったが、徹夜で勉強したり、仕事した時に感じていたことがある。
午前4時とか4時半とか「もうすぐ朝!」って時間の「闇の濃さ」だ。
「朝の来ない夜はない」
そんなのはわかっていても、午前4時半の夜の闇を見ていると

いったい、いつまでこの闇は続くんだろう?
と不安を感じたことが何度もある。
そして、まさにこんな時こそ、人は試されるんだと感じていた。
朝4時半の「闇」や、入試まであと少しって時の「不安感」
しばしば、人はそんな時に迷ったり、くずれてしまうんじゃないだろうか。
志望校突破とか、1つの仕事をなしとげるのに必要な力のうち80~90%は、「コツコツ努力」で到達するだろう。
けれど、残りの10~20%をやりきることは、とても難しい。
それをやりぬいても、状況はまだ真っ暗だろう。
最も暗いかもしれない。
力が尽きて倒れてしまうかもしれない。
力尽きても、そこから更に1歩、もう1歩…その先に
それでも、
そこから更に1歩
もう1歩、
前に進もう。
うつ伏せたままでもいい。
そうしてこそ、鮮やかな朝を迎えることができるんだ。
爆破しよう
2010年までにやってきた努力でできた「石の穴」に、火薬を詰め、爆破しよう。

残りの日々をそれに当てよう。
まずは「私立入試 全員合格!」を目指して、2011年をスタートしよう。
おわりに

「詞集 たいまつⅠ」の9番目の「詞」を紹介しますね。
人間の生存は自然に抱かれているから、人世の因果が自然の摂理に似るのは当然である。
万難とたたかって一つの仕事をやりおえた人は、きっと〈朝のこない夜はない〉という思いを深めるであろう。
私は夜のあいだじゅう書きものをして疲れると戸外に出てみるが、夏であれ冬であれ、暗黒がまるで手でつかむことができるように濃いことに驚く。月は消え星はまばらとなり、ほどなく太陽がのぼるべき時刻であるのに、万物は全く暗く全くだまっている。
このような暗い静寂の中に立っていると、私は未明に倒れていった先人をしのび、おのれの怠慢が責められ、そしてまさにこのような時刻にこそ人はためされるのだ、という思いに胸うたれる。
しばしば人はこのようなときに迷い、このような状況の中でくずれてしまうのではなかろうか。
一つの仕事の成就に要する努力をかりに一〇とすれば、奮励して八か九までに至ることは少なくあるまい。残りの一か二をやりおおせることは真にむずかしい。
それをやりおおせたとしても状況はおそらくまだ暗黒であろう。
最も暗いかもしれない。
人は力がつきて倒れてしまうかも知れない。
詞集 たいまつⅠ(むのたけじ著 評論社刊)より引用
だが、暗黒の地面におもてをうずめてそのまま果てまいとするなら、一〇をやりおえたところから更に一歩、もう二歩前へ進まねばならないだろう。
そうしてこそ、はるかに微光をあおぎ、微光はたちまち東天紅にかわるのを見るであろう。


もへちゃん、ほとんどそのままじゃん

そうなんです(^^;)
新年の挨拶に、この「詞」を紹介したくって…
でも中3でさえも原文では言葉が難しいし…
そう考え、今回のような通信になったわけです。
さらに、次の「詞集 たいまつⅠ」の14番の「詞」も、オマージュを込めて通信に書いています。
雨だれも続けば、石にだって穴をあける。
そんなことで楽観すれば、穴が指1本はいるにすぎない寸法であることに悲観する。
そういう観察は、穴にボウフラをわかせるだけである。
楽観と悲観とをつきぬけるには、雨ではないもの、石ではないもの、すなわち燃えるものが必要である。
小さな穴であろうと、そこに火薬をつめることだ。
生きるための戦具はそのようにしてつくられ、そのようにすれば石をだってボウフラをひねりつぶすようにとび散らせることができる。
詞集 たいまつⅠ(むのたけじ著 評論社刊)より引用
ねっ、すてきでしょ!
美しいといえる生き方があるとすれば
むのたけじさんは、1945年8月15日、それまで勤めていた朝日新聞社を辞めてしまいます。
理由は「戦争中に戦意高揚のための記事を書いてきたから」です。
もへちゃんは、むのさんのこの生き方にあこがれます。
「詞集 たいまつⅠ」の29番の「詞」
美しいといえる生き方があるとすれば、それは自分を鮮明にした生き方である。
詞集 たいまつⅠ(むのたけじ著 評論社刊)より引用
むのさんの生き方は、この「詞」そのままの生き方だと感じるからです。
長崎の平和祈念像を作った北村西望さんや、連続テレビ小説「エール」でとりあげられた古関裕而さんらも、戦前・戦時中に、戦意高揚を目的とした作品を作り続けました。
しかし、むのさんと違うのは、彼らは自らのその生き方を顧みることなく、戦後に名声を博しました。
もへちゃんは、そんな生き方を「美しい」とは思いません。
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