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弁当に対する思い…親としてできること

2021/05/21

はじめに

もへちゃん
もへちゃん

 今年(2021年)3月で、長年勤めた「先生」の仕事を辞め、新たな仕事?再雇用?にいています。

 そこではもちろん「給食」はありません。

 ちなみに、もへちゃん自身が中学生だった頃は、弁当でした。

 中学校の先生になって初めて赴任した学校は、給食でした。

 先生時代、8つの学校に勤めましたが、給食3校、弁当5校でした。

 現在の職場は弁当ですが、ありがたいことにお弁当屋さんが11:30くらいに売りに来てくれます。

 最近おぼえたpaypayで、弁当と引き替えにスマホで「チャリン」と支払います。

 今回は、給食の学校に勤めていた時に「弁当」についての思いを書いた通信「学級記録 No.9」(1995年5月30日発行)を紹介します。

僕も弁当を作ったことがある

記録24

 今日、べんとう作った。

 うまかった。

Oさんの生活ノート(連絡帳みたいなノート)より引用

記録25

 ちゃんと家庭科ができた。

 大成功だった。

Fさんの生活ノートより引用

記録26

 べんとうの卵焼きが半熟だった。

Yさんの生活ノートより引用

記録27

 家庭科で、へんな料理?!ができた!

Nさんの生活ノートより引用

  5月25日(木)の3~4時間目は、家庭科で、弁当づくりでした。

 各班で計画し、買い出しして

 あぁでもない

 こうでもない

と考え、メニューを決定しました。

 僕がもらった弁当の中身は

  • しそおにぎり
  • サンドイッチ
  • 卵焼き
  • オレンジゼリー
  • 一口カツ
  • 人参と肉の炒め物

 食べるのがもったいないので、学級記録用のカメラで写真を撮っておきました。

もへちゃん
もへちゃん

 現像げんぞうしたら見せましょう(^^)

 味はなかなか美味しくて、あまり期待してなかった僕は驚いてしましました。

もへちゃん
もへちゃん

 ごめんなさいm(_ _)m

 ◯◯中に来る前の学校は、弁当でした。

 その前に勤めた学校も、弁当でした。

 その前は、給食でした。

もへちゃん
もへちゃん

 僕自身は…

 何度か作ったこと、あります(^^)/

 しかし、ほとんどはカミさん任せです(^^;)

2人のわが子に弁当を作る

 2年前、カミさんがお産で実家に帰っていて、僕は組合の会議が夜にたくさん入った時に、Y(娘)とJ(息子)の晩ご飯として弁当を作ったことがありました。

 会議の場所に2人を連れては行くのですが、会議中は世話を焼いてやれないので、弁当を作ったというわけです。

その前は焼きそば

 その前には、晩ご飯代わりに「想夫恋そうふれんの焼きそばとウーロン茶」という組み合わせを2人の子に渡して、会議に出たのですが、なんだかすまなく思ったのです(>_<)

弁当に対する思い

 それは、ある生徒のことを思い出したからです。

 僕が別の学校(そこは弁当)で1年の担任をしてた時のことです。

 ある子が、弁当の時間になるとそーっと教室を抜け出すことに、その子の担任の先生が気づきました。

 「じいちゃんと暮らしている彼は、弁当を作ってもらうことがほとんど無かった」ということがわかりました。

 そーっと教室を出る彼の心は、どんなだったことでしょうか。

 入学してから数ヶ月過ぎていました。

 担任の先生は、その間、彼の思いに気づいてやれなかったことに涙を流されていました。

 君に想像できますか?

 20年も30年も前の話ではありません。

 今、19歳の人たちが中学の頃の話なのです。

親としてできることをしていない(T_T)

 2歳や4歳のうちの子たちが「焼きそばだから嫌だ」とは考えなかったかもしれません。

 でも、それを食べてる姿をふと見た時、

もへちゃん
もへちゃん

 親としてできることをしていない…(T_T)

という思いにられたのです。

 だから、次の組合の会議の時にはちゃんと弁当を作ったわけです。

  • 一口おにぎり
  • 肉だんご
  • 卵焼き
  • プチトマト

という簡単なメニューだったけど、慣れてないので時間がかなりかかりましたが…(^^;)

給食がなく、弁当の日が続いたけど…

 話を元に戻しましょう。

 最近は

  • 体育祭の日
  • その前日

と弁当の日が続きました。

 自分達でも、家庭科の時間に弁当を作りました。

もへちゃん
もへちゃん

 君は「弁当」に、どんなことを感じていますか?

おわりに

もへちゃん
もへちゃん

時代を感じさせる文章

 通信内に

食べるのがもったいないので、学級記録用のカメラで写真を撮っておきました。

という文章がありました。

 「時代を感じさせる文章」です(笑)

 1995年のもへちゃんは、デジカメなんてものができるなんて思いもしてませんでした。

 今はスマホで写真、撮れるし、その直後に画像データを通信に貼り付けることもできます。

 さらに、そのスマホで弁当代を払ってます(笑)

想夫恋の焼きそば

 晩ご飯代わりに「想夫恋そうふれんの焼きそばとウーロン茶」という組み合わせを2人の子に渡し…

という文章は、想夫恋の焼きそばを知らない人にとっては

???

だと思います。

 もへちゃんは高校時代から食べていたし、1995年度のもへちゃん組の子たちのほとんどは知っていたと思います。

 知らない方のために紹介しておきます。

 想夫恋(そうふれん)は、大分県日田市に本社を置く株式会社 想夫恋がフランチャイズ展開している焼きそば専門の飲食店チェーンである。

 1957年に創業し、店の鉄板の中心の小さな窪みにラードを入れ、その油を麺に絡ませながら焼く。

Wikipediaより引用

 想夫恋がWikipediaに載っていたこと自体驚きましたが

もへちゃん
もへちゃん

 う~ん…

 この解説では、想夫恋の焼きそばの美味しさが伝わらんなぁ(>_<)

  • そばに焦げ目をあえて付け、「おこげ」を作ることで不思議な歯ごたえ
  • 秘伝のソースと生卵のトッピング(値段は上がりますが(>_<))による絶妙のバランス
  • 自信満々の値段設定(想夫恋の焼きそばっていいお値段なんです)
日田やきそばの想夫恋 ホームページより引用

あの子ももう「子の親」かも

 中学1年生の昼食時間、そっと教室を出ていたあの子はもう45歳(2021年現在)。

 もう「子の親」になっているかもしれません。

もへちゃん
もへちゃん

 彼はどんな人生を歩んでるのかなぁ?

 中3で、もへちゃん組だった子ならば、年賀状のやりとりを続けてきたから、ある程度わかるのですが…。

 もへちゃんは、次の年(1996年)の4月に異動してしまったので、彼のその後については、全くわかりません。

 願わくば、痛みを知っているからこそ、人に優しい…そんな大人になっていてほしいです。

たぶん誰も知らない

 わが子に弁当を作った当時、Y(娘)は4歳、J(息子)は2歳。

 カミさんは、実家に帰っていたので、このことは知りません。

 4歳だった娘のYなら、かろうじておぼえてくれてたかな?

 それともおぼえてないかな?

 でも、そのことを聞くことはできません。

 娘は3年前に亡くなっちゃったので…

 だから、このことは、たぶん誰も知りません。

 いや、1995年のもへちゃん組の子たちと、ブログを読んでるみなさんがいるか(^^)

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