全「同」教大会で学んだ人権学習「竹田の子守歌」

2020/12/16

はじめに

もへちゃん
もへちゃん

学校あるある

 担任の先生が

体育会(運動会)で、みんなで団結しよう

とか

合唱コンクール、みんなで金賞を獲ろう

とクラスの子に熱く語っている場面は、よく見られます。

 担任の先生は熱く語っているけれど、そのクラスには長欠の子がいる…

 そんなクラスを見ると

もへちゃん
もへちゃん

 矛盾してる!

 「みんな」って「学校に来てるみんな」ってことかよ(T_T)

 違うやろうヽ(`Д´)ノ

ってもへちゃんは思います。

矛盾

 前に言ったこととあとに言ったこととが一致しないこと。

 一般に、理屈として二つの事柄のつじつまが合わないこと。

Google日本語辞書より引用

 そんなクラスが「真のつながり」を作れると、もへちゃんは思ってません。

もへちゃんあるある

 もへちゃんが「真のつながり」なんて言うと、若い先生、中堅の先生なんかから

理想はそうだけど…

とか

と無言でスルーされることがたびたびあります。

 そんな先生達は「真のつながり」の具体例を知らないんです。

 具体例を知らないから「目標」にできない…

 でも、もへちゃんは、真のつながりのある学級集団の具体例を知っています。

 前回、前々回のブログで紹介している全国人権・同和教育研究大会で学び続けてきました。

 毎年11月末~12月初旬くらいにある全「同」教大会に行くと、真のつながりを求めた学級集団について熱い魂のこもった報告を聞くことができます。

 そこで前回に引き続き、全「同」教大会に参加した後、職場の方々に、学んできた内容をフィードバックするために書いた「2015おみやげ通信 No.4 第2面」(2015年12月1日発行)を紹介します。

第1分科会〈人権確立をめざす教育の創造〉

 全大会終了後、電車で40~50分ほどかけて第1分科会〈人権確立をめざす教育の創造〉の第9分散会がある小布施中学校に移動しました。

 ここを選んだのは、子どもたちの進学先の1つである博多工業高校の先生が、差別事象のとりくみを語るらしいからです。

会場の小布施は福岡の秋月のような観光地でした

地域に根差した人権教育の実践例から

 21日の最初は、京都の◯◯中学校の◯さんによる竹田の子守唄に関する人権学習の報告でした。

 「竹田の子守唄」は、1970年代にフォークグループ「赤い鳥」がミリオンセラーの大ヒットをさせた曲として有名ですが、原曲は、竹田の被差別部落で子守の仕事をしていた女の子(守り子)たちが、労働歌として口ずさんでいた唄なんだそうです。

イラストACからのイラスト

 明治・大正から戦後に至るまで、その子どもたちが学校にも通えずに働いていたのは、差別と貧困という背景があったからで、元唄の歌詞には、子どもたちの不満、非難、苦しみの気持ちと、抵抗の意思が込められています。

この子よう泣く
守りをばいじる
守りも一日やせるやら 
どしたい こりゃ聞こえたか

ねんねしてくれ
背中の上で
守りも楽なし 子も楽な
どしたい こりゃ聞こえたか

ねんねしてくれ
おやすみなされ
親の御飯がすむまでは
どしたい こりゃ聞こえたか

ないてくれなよ 
背中の上で 
守りがどんなと思われる
どしたい こりゃ聞こえたか

この子よう泣く
守りしょというたか 
泣かぬ子でさえ守りやいやや
どしたい こりゃ聞こえたか

寺の坊さん
根性が悪い
守り子いなして門しめる
どしたい こりゃ聞こえたか

守りが憎いとて
破れ傘きせて
かわい我が子に雨やかかる
どしたい こりゃ聞こえたか

来いよ来いよと
こま物売りに 
来たら見もする買いもする
どしたい こりゃ聞こえたか

久世の大根めし
吉祥の菜めし
またも竹田のもんばめし
どしたい こりゃ聞こえたか

足が冷たい
足袋買うておくれ
お父さん帰ったら買うてはかす
どしたい こりゃ聞こえたか

カラス鳴く声
わしゃ気にかかる
お父さん病気で寝てござる
どしたい こりゃ聞こえたか

盆が来たかて
正月が来たて
難儀な親もちゃ うれしない
どしたい こりゃ聞こえたか

見ても見あきぬ
お月とお日と
立てた鏡とわが親と
どしたい こりゃ聞こえたか

早よもいにたい
あの在所越えて
向こうに見えるは親のうちか
どしたい こりゃ聞こえたか

竹田の子守歌(元唄)

おわりに

もへちゃん
もへちゃん

 分科会では、もっとていねいな報告があっていましたが、「おみやげ通信」にそのこと全てを書くと、読んでくれなくなっちゃいます。

 ブログと同じです。

 長い歌詞を書きましたが、一字一句読まれた方はどれくらいいるかな(笑)?

 さて、歌詞の中に「在所」というのが出てきましたが、この歌が歌われていた地域では被差別部落を指す言葉でした。

 また「もんば飯」の「もんば」はオカラ、「飯」は精米の破片をかき集めた小米で、当時の被差別部落内で食べられていたものだそうです。

 インターネットで「竹田の子守歌」を検索すると、いろんな説が出てきますが、Wikipediaの記事が一番よさそうにもへちゃんは感じました。

 この曲は複数の被差別部落に伝わる子供の労働歌であり、題名に「子守歌」とあるが正しくは「守り子唄」であり、子供を寝かしつけるのではなく、部落出身の、学校へ通ったり遊んだりする余裕のない10歳前後の少女の心情が唄われている。

Wikipediaより引用

 それらのことを知った上で、歌詞をもう一度読んでみませんか? 

 子守り奉公での苦悩の中に、強く暖かい人間性、感じませんか?

真のつながりのある学級集団

 今回、紹介したおみやげ通信の記事は、「学級集団作り」ではなく、「人権確立をめざす教育の創造」でした。

 次回紹介予定の「おみやげ通信の第3面」には「学級集団作り」についての記事がありますので、次回こそ、乞うご期待m(_ _)m

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