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数学ネタ⑤ 1988年のセブンイレブンのCMと論理的思考

2021/11/22

はじめに

もへちゃん
もへちゃん

 1988年に、ちょっと話題になったコマーシャルがありました。

 こんなのです。

 まっすぐ帰れば200m

 セブンイレブンに寄って帰れば300m

CMには確かこんな図が出てたような…

 でも、その100mで、

  • こんなことができたり
  • こんなことができたりする。

 

 セブンイレブンに寄れば300m。 

 でもその100mで

  • 「あっ」
  • 「きれい」

 けっこうよいことがあったりする。

 私とあなたのセブンイレブン ♪

 もし今、このコマーシャルが放送されたとして、何が変なのか、わかりますか?

 

 実は、中3生の数学で勉強する「三平方の定理(直角三角形の応用)」で考えると、こんな長さはありえないんです。

例①
例②

 1988年2月14日の朝日新聞でも「セブンイレブンCMで諸説紛々ふんぷん」という見出しで記事になってました。

 ネットで検索しましたが、さすがに1988年の記事を見つけることはできませんでしたので、記事の要点を抜粋して紹介しますね。

 このCMはセブンイレブンが、昨年10月からテレビで流している。

 画面に直角三角形の図を入れて、説明したのが発端ほったん

不可能説

 ところが、「直角三角形の斜辺が200mで、他の2辺の和が300mなんてありえない」という意見や問い合わせがセブンイレブンや本社に続いた。

 が、一方では、数学の上では成り立つと奇抜な解釈、数式などが寄せられ、論争へと発展した。

店内18m説

 例えば東京都新宿区の和田平八郎さんは

「2辺の長さがひとしい直角三角形の場合、斜辺が200mなら、残りの2辺の和は141+141で282m。それに店内を18m歩くとぴったり300mになる」

という。

 この18mは「セブンとイレブンの和」という。

(中略)

道幅説

 東京都世田谷区の楢崎信浩さんの理論も、いろいろな疑問を含みながらも傑作。

 1辺を141mと認めた上で「皆さんは道幅があるのを忘れている」という。

 駅から家には道路を横切らないから200m。

 セブンイレブン経由だと、4.5m幅の道を渡るから

(4.5m + 141m + 4.5m)✕2=300mになるという。

 「私は大学数学科の4年。4月からは高校で数学を教える身、これで証明された」と断言するのだ。

(中略)

小惑星説

 東京・練馬の岩瀬順一さんの結論は

「半径191mの球状にした小惑星を考え、

北緯45°、東経0°に駅が、

北緯45°、東経90°に家が、

北極点に店があればよろしい」

というもの。

広告主は「意味ないんですけど」

 もうここまでくると、どれが正解なのか。

 広告主は「意味ないんですけど」

 結局みんなで “ いい気分 ゛

1988.2.14朝日新聞記事より引用

 このCMを見たもへちゃんも疑問を感じ、中3の数学の授業で早速とりいれました。

 そして学級通信にも書きました。

 ただし、三平方の定理については数学の授業で解説したので、学級通信では別の切り口で書きました。

 どんな切り口だったのでしょう?

 では、学級通信「中央フリーウェイNo.99」(1988年2月20日発行)を紹介します。

中学の数学の本当のねらいは推理小説をよめることだ!

 いつの日か、このフリーウェイを読み返す人がいるかもしれない。

 10年後なら25才…

もへちゃん
もへちゃん

 今の僕と同じ年齢か。

 その時

 あぁ、担任の先生は数学だったなぁ。

と思い出すように、今日は数学の話をしようと思う。

もへちゃん
もへちゃん

 ここまで読んで、読む気がなくなった人、だまされたと思って読んでみなさい。

受験のための数学より

 別にフリーウェイで「三平方の定理」について話すつもりじゃない。

 セブンイレブンのCMの話は、授業でしたよなぁ。

 僕は、受験のための数学より、こんな身近なことに疑問を持って考えること

 えっ?

 「まっすぐ帰って200メートル、お店に寄るために直角にまがって300m」なんて、あり得る?

の方が、よっぽど本物と思っている。

推理小説

 もっと言えば、数字を使わなくても、例えば

 推理小説を読んで、書いてある手がかりをいろいろ考え合わせて犯人を捜すこと

 これなんか図形の証明と流れがそっくりだ。

無くし物を探す

 また、大事な物をなくしたとき、

 どこでなくしたんだろう?

と過去までさかのぼって、

 あの時ああして、次にこうしたから…

と筋道立って考えるのも、数字を使わない数学と思っている。

考えを整理して結論を出せる…それが数学

 いや、本当はそんなふうに考えを整理して、結論を出せる(なくした物の場所を推理できる)よう、そのトレーニングとして数学という学問があるのだ。

  数学だけじゃなく、他の教科だって、受験のためにあるのでなく、生きていく上で必要な、「考え方のトレーニング」や「知識」であるのだ。

 そして、これから先、学校を出て社会に出た後も、そして死ぬまで、人として学ぶことがあるだろう。

  • 逃げ出さないこと
  • 人として生きるなら「人」とは何か、考え続けること

 あっ、そうそう

 受験について文句を書いたが、実際問題としてあるのだから、まず負けないように。

 大人になったとき、また考えよう。

おわりに

もへちゃん
もへちゃん

もへちゃん組だった人、読んで思い出してくれるかな?

 通信の最初の1行に

 いつの日かこのフリーウェイを読み返す人がいるかもしれない。

と書いたのは、

「10年後、20年後、部屋の片付けをしてて、ふと中学時代にもらった学級通信の束が出てきて、パラパラめくってこの通信を読み返す」…そんな偶然を思いながらこの通信を書きました。

 1988年のもへちゃんは、インターネットで過去の通信を紹介できるなんて思ってもみませんでした。

 技術の進歩には驚かされます。

 しかし書いている内容は、今でも十分通用しますよね(^_^)v

中学数学の本当のねらいは推理小説を読めることだ

 新型コロナでトーンダウンしましたが、それ以前、文科省は、小学校でプログラミング学習を導入するなど、論理的思考の必要性を声高に叫んでました。

 思考力・判断力・表現力というキーワードで、今までにはない大改革を行おうとしてました。

 「論理的思考」や「思考力」というと難しく感じますが、もへちゃんはやっぱり

  • 推理小説をよんで犯人を指摘できる力
  • なくした物を見つけられる力

の方がしっくりきます(^^)

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