PR
スポンサーリンク

僕の進路決定物語(最終回)

2023/01/13

はじめに

もへちゃん
もへちゃん

 前回、前々回の本ブログでは、過去の通信から「僕の進路決定物語①、②」を紹介しました。

僕の進路決定物語①

 ①では、高2までの私の進路決定の迷走を紹介しました↓

僕の進路決定物語②

 ②では、世界史の先生になりたかったけれど、大学受験の科目であきらめたことを書きました ↓

 もへちゃんは中学校の数学の先生をしていたので、「僕の進路決定物語 最終回」では、大学の「数学科」を選ぶはずですが…。

もへちゃん
もへちゃん

 高2時代、数ⅡBのテストでの最低点は8点 (T_T)

 もちろん100点満点のテストで8点です(^^;)

 そんなもへちゃんが、どうやって数学の先生になれたのでしょうか。

 では、学級通信「道のべ No.45」(1990年12月10日発行)を紹介します。

僕の進路決定物語(最終回)

 2番目になりたかったのは、国語の先生だった。

 僕は「現代文」に関しては好きだったし、成績もよかったからだ。

2番目になりたかった「国語」の先生にならなかった理由

 ならば、なぜ今、国語の先生じゃないかというと、古文(枕草子とかいろいろ)、漢文(漢字ばっかりの文章)、そして文法が苦手で、しかも嫌いだった。

 また、見てもわかるように字が下手で「習字なんて教えられんなぁ」と思ってたので、あきらめた。

 今でも

もへちゃん
もへちゃん

 字の上手な人はうらやましい。

と思う。

 そのことは1つの才能であるし、自分の人生を支える1つのことになるのだから。

最後に選んだのは?

 世界史の先生、国語の先生をあきらめ、

もへちゃん
もへちゃん

 では、何の先生になろうかな?

と思った時、できそうなのは

もへちゃん
もへちゃん
  • 数学(その当時、成績はひどかったんだけど「やればできる」と考えていた)
  • 体育(好きなバレーボールで仕事ができるという魅力から)

が頭に浮かんだ。

 この頃は、共通1次試験(その後「センター試験」と変わっていった)直前で、勉強にラストスパートをかけていたころだった。

もへちゃん
もへちゃん

 あれだけの勉強(質、量ともに)を僕は人生でもうできないかもしれない。

 それほど、やってやってやりぬいた。

 共通1次が終わり、いよいよ体育科か数学科か決めなくっちゃいけなくなって、考え込んだ。

 決断した理由は、自分の今まで過ごした人生にあった。

 中学まで体育が得意とは言えず、中1の時はバスケ部のきつさに逃げ出した人間だった。

 高校で3年かかってやっとバレーボールの楽しさが味わえるようになった程度の僕に、体育の先生は無理だと思った。

1日17時間勉強 ✕ 3ヶ月

 「数学の先生」と目標が決まり、いよいよ2次試験まで3ヶ月になっていた。

 問題だらけだった。

 数学は、高校1年の頃から授業に全くついていけてなかった。

 「わからないところは先生に聞け」とよく言われるけど、わからないところがどこかわからなくて、とても聞けなかった。

 だから自分で始めからやり直した。

 参考書の1ページ目から、そのページをわかるまでやった。

 残り3ヶ月という時間のなさが、1日17時間勉強という異常なスケジュールをやり通させた。

f:id:toshioh:20200314201432j:plain
なのなのなさんによるイラストACからのイラスト

 やれるだけのすべてをやって入試に臨んだ。

 解けない問題もあった。

 でも、なんとか合格できて今の自分になった。

【番外編】

 大学1年くらいの時、吉川晃司きっかわこうじがデビューした。

 オリンピックの水球の強化選手をやめ、

人生をドラマティックに生きたいから

と、歌手になった。

 その時、僕も

もへちゃん
もへちゃん

 先生として将来生きよう

と思った。

なぜか?

 なぜか?

もへちゃん
もへちゃん

 それは、他の職業より、君たちとつきあうほうが

人生をドラマティックに生きられる

と思ったからだ。

 だから大学4年生の時に誘われたコンピュータープログラマーの道も選ばず、

今、◯◯◯中 3の6の担任をしている。

おわりに

もへちゃん
もへちゃん

 共通1次試験以降、1日17時間勉強がなぜできたかというと、

 高3のこの時期(1月~3月)は、多くの生徒は私立大学の受験等があるため、週1回(何曜日だったか忘れました)だけ登校。

と言われたからです。

 図書館でも自宅でもいいから勉強がんばれ。

という指示でした。

 なので、もへちゃんは自分の部屋で勉強することにしました。

1日17時間勉強時の過ごし方

 部屋全体を暖めると眠くなるので、小さなコタツにに足を突っ込み、綿入り半纏はんてんを着込み、軍手の指先を切った手袋をしてました。

 眠くなったら、そのまま横になって3時間後に起きるよう目覚ましをセット。

 目覚ましが鳴ると起き出してきて、「歯磨きというか舌磨きをして『オエッ』となると、スカーッと目が覚める」という技を編み出したのは、この頃です(笑)

 それから勉強、勉強、勉強…

 食事、風呂等で4時間ほどロスしますが、これで1日17時間勉強になります。

 共通1次試験から2次試験までの約1ヶ月で、受験科目の「数ⅡBと数Ⅲ」にとりくみました。

 前述のとおり、当時のもへちゃんの実力は8点(100点満点で)ですから、ほぼ0ってことです。

 当時の私たちの流行だった「矢野健太郎の解法のテクニック」という参考書2冊を、まずは数ⅡBの1ページ目から始めました。

  • わからなければ、次の問題に行かない
  • わからなかったら解答、解説を見て「あ~ね」と納得するまで考える

 だから時には1問を延々と考えることもありました。

 勉強すべきものが2教科(数ⅡBと数Ⅲ)だけだったこともあり、3ヶ月でギリギリ間に合いました(^^)

代償

 でも、もへちゃんは、人にはこの勉強法はすすめません。

 子どもたちにも、もちろんすすめません。

 なぜなら、元々くっきりとした爪半月(爪の根元の白い部分)だったのが、この3ヶ月の受験勉強でなくなってしまったからです。

LIL「爪を大きくできる?爪のピンクの部分を伸ばす方法をまとめて紹介!」より引用

 この爪半月が、「どれくらい見えているか」で健康かどうかがわかるらしいのです。

 爪半月が少なくなればなるほど、体調を崩している証拠だそうで、18歳のあの3ヶ月で無くなって40年以上が過ぎた今も、もへちゃんの爪に爪半月はほとんどありません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました