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節目の日…「日航機墜落事故」から学ぶ「親の愛」

2020/08/12

はじめに

もへちゃん
もへちゃん

 1985年8月12日、日航機墜落事故が起きました。

 Wikipediaによると

 日本航空123便墜落事故は、1985年(昭和60年)8月12日に日本航空のボーイング747型機が群馬県多野郡上野村の山中に墜落した後期事故である。

(中略)

 午後6時56分30秒群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(標高1565メートル、通称御巣鷹の尾根)に墜落した。

 乗客乗員524人のうち死亡者数は520人、生存者は4人であった。

 単独機の航空事故の死亡者数として2020年8月時点で世界最多である。

 夕方のラッシュ時とお盆の帰省ラッシュが重なったことなどにより、著名人を含む多くの犠牲者を出し、社会全体に大きな衝撃を与えた。

Wikipediaより引用

 夏休み中なので「節目の日」であっても、この日に授業することはできません。

 しかし、授業でこの事故のことを知った子たちは、毎年8月12日が来て、ニュース等で見聞きした時に思い出してくれるかもしれない…そう思って授業してきました。

 授業の導入は、子どもたちにクイズを出すという形でスタートします。

 もちろん「日航機墜落事故のことを考えよう」なんてめあてを黒板に書いたりしません。

 なので子どもたちは、ワイワイ言いながらクイズを考えます。

 そのことを書いた「3年3組学級記録 No.15~16」(1992年10月7日発行)を紹介します。

パパは本当に残念だ

クイズ

 ではクイズです。

  1. 次の文章を書いたのは誰だと思いますか?
  2. 文章を見て、最初に感じたことはなんですか?
  3. あなたはこの文章を読めますか?

小さい子どもが書いたっちゃない

わぁ、下手くそ~(笑)

 俺、字、下手やから、読めるかも~

(笑)

読んで、読んで~

パパは本当に残念だ

 1985年8月12日、日航機墜落事故が起こった。

 今日の道徳の時間に使ったのは、激震の機内で河口博次さん(52)が、震える手で手帳に書いた絶筆だ。

マリコ 津慶(つよし) 知世子 どうか仲良く がんばって ママをたすけて下さい

パパは本当に残念だ きっと助かるまい 原因は分からない 今5分たった

もう飛行機には乗りたくない どうか神様 たすけて下さい

きのうみんなと 食事したのは 最后とは 何か機内で爆発したような形で 煙が出て

降下しだした どこえどうなるのか 津慶しっかりた(の)んだぞ

ママ こんな事になるとは残念だ さようなら 子供達の事をよろしくたのむ 今は6時半だ 飛行機は

まわりながら急速に降下中だ 本当に今迄は幸せな人生だったと感謝している

 最後の最後まで家族のことを案じていた河口さんは、何も特別な人ではない。

 にも関わらず、これほどまでに家族のことを案じられるのはなぜだろう。

 それが「親の愛」の深さということに気づいたろうか。

 親の愛は、日ごろ別の形で表れることが多い。

 親の愛は、君らが「あたりまえ」と思ってることの奥底に流れていたり、「しゃあしぃね~(うるさいなぁ)」と思ってしまうようなことに流れている。

 君と家族は、どうつながっているだろう。

 心の奥底に流れる「愛」というものに、ぜひとも気づいてほしい。

 親になればわかるだろうけど…

 中学時代の今こそわかってほしい。

おわりに

もへちゃん
もへちゃん

 クイズを解くかのように、楽しそうに読み始めた子どもたち。

 40人の子どもたちが集中すれば、少しずつ読めていきます。

 そして笑い声は消え、だんだん真剣になっていきます。

 読み終わった後、

  • 日航機墜落事故の際に書かれたメモであること
  • 揺れ動く機内で、自らの死を意識しながら書いたから、字が震えていること

等を伝えた後、もう一度読んでみます。

 一言一言に込められた思いを噛みしめながら…。

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