人権学習…「何から始めたらいいのだろう」or「虹のきずな」

2021/05/27

はじめに

もへちゃん
もへちゃん

 人権学習「何から始めたらいいのだろう」は、「いじめ」について考えさせる教材です。

 中1生にとっての5月、6月ころまでは、入学→体育会(運動会)と行事に夢中で、クラス内のゴタゴタは目立ちません。

 しかし13年間、それぞれ違う環境の中で生きてきた子が40人弱、日々一緒に過ごすのですから、何かしらの摩擦は必ず起きます。

 それが顕在化けんざいかしてくるのは秋の文化祭(合唱コンクール)の頃くらいでしょうか。

 そこで今回は、5.23節目の人権学習では「何から始めたらいいのだろう」をしなかった学年の子たちの9月末(合唱コンクールのとりくみ前)に発行した通信「◯◯◯中学校1学年だよりミニ No.56]」(2019年9月30日発行)を紹介します。

 

何から始めたらいいのだろう

虹のきずな

 前期前半の人権学習で行った「虹のきずな」は、いじめ問題にどう立ち向かうかを考えた学習でした。

 文科省が出している「いじめのある集団の4つの立場」を超える、「5つめの立場」をみなさんに考えてもらいました。

いじめのある集団の4つの立場

いじめのある集団の5つの立場

 あのとき「虹のきずな」以外にも「いじめ問題」を考えさせる教材として「何からはじめたらいいのだろう」というのも候補にあがっていました。

 ちょっと読んでみませんか?

何から始めたらいいのだろう

(前略)

「私たちがおせっかいすることないんじゃない。前だって、誰かがおせっかいして先生に言ったもんだから、余計に変なふうになったことがあったでしょ。嫌だと思うんなら、N君がはっきりそう言えばいいのよ。」

「男子の問題でしょ。男子どうしで話し合えばいいことなんじゃない。」

「学級会に出したりすると話が長くなるし、帰りが遅くなるでしょ。いろいろ用事もあるし。」

 どこかおかしい。

 でも、友だちに反論しない私は、もっとおかしい。

 いじめられているのが自分でなくてよかったと思っているのかもしれない。

 私の頭の中で、数人の男子がニヤニヤしながら「フケツキンがうつる。」、「チクリキン。」と言っている声が響いている。

 N君は笑っている。

 その側に、何もないかのように談笑している人たちがいる。

 そして、その輪の中に私の笑顔もある。

 「明るく、楽しいクラス」というのが、四月に決めた学級目標だ。

 でも、私は今、全然楽しくない。

 みんな「笑顔の仮面」をつけているけれど、仮面の下のN君のことも、「バイキンごっこ」をする人たちのことも、いや、クラスの誰一人のことも本当はなんにもわかっていないのだ。

 このクラスも私も、このままじゃだめになる。

 あと二週間で夏休みだ。

 このまま夏休みになるのは嫌だ。

 私は何から始めたらいいのだろうか。

「何から始めたらいいのだろう」福岡県同和教育副読本「かがやき」(中学生用)より引用

間もなく、合唱コンクールのとりくみスタート

 以前勤めた学校で、合唱コンクール前に、クラスの雰囲気がバラバラになったクラスがありました。

 先生の目の届かないパート練習で、イジメがあり、それを周りが見て見ぬふりをしていたからです。

 そんなクラスですから、合唱で心が一つになるわけがありません。

 心ある生徒が1人「どうしたらいいんだろう」と真剣に悩んでいましたが、その人はクラス全体に問題提起できませんでした。

 言っても孤立するかもしれないって思ったからです。

 まさに「何から始めたらいいのだろう」そのものだと思いませんか?

 私は

もへちゃん
もへちゃん

 問題は必ず起こる

と思っています。

 今まで13年間、違う生き方をしてきた思春期の人たちが40人も一カ所に集まっているのですから。

 だから「問題が起きない」ことがいいのではなく、「問題をどう乗り越えるか」が大切なのです。

 大変な問題であればあるほど、乗り越えた後の団結力はすごいものがあるのです。

おわりに

もへちゃん
もへちゃん

5.23節目の人権学習「虹のきずな」

 この学年の5.23節目の人権学習では、北九州市人権啓発アニメーション「虹のきずな」を教材にしました。

「虹のきずな」とは

「虹のきずな」指導者用手引き(北九州市人権啓発センター刊)より引用

 差別を取り巻く私たちの立場は図のように7つの立場に分けられ、必ずどこかに属しているといわれます。

 ①②③の人は、人間として誤った立場に立っていることは言うまでもありません。

 しかし、差別はこれらの人たちだけで成り立っているわけではありません。

 なぜなら、④⑤の人は差別に対し黙っていることで、差別を容認ようにんしていることになるからです。

 同時に、時と所が変われば、いつでも差別をする人になってしまう可能性があります。

 絵本『ユーナの樹とトモダチ』の中で、島の外からやってきたリンクを島から追い出そうと動物たちが話していたとき、ふくろうたちはこんな会話を交わしました。

「なんだか面倒くさいことになってきましたな」

「そうですねぇ。こういうときは、黙って見ているに限る」

「そうそう。関わらないのが一番ですな」

 一方、モンちゃんとお母さんは、こんなやり取りを交わしました。

「助けたいけど、まずは自分たちの身を守るのが先だわ」

「ママはあの鳥さんを助けてあげないの?」

「それって、助けてあげないのと同じじゃないの?」

 大人たちの姿勢は、子どもたちに引き継がれます。

(中略)

 ふくろうの親からふくろうの子ホーへ傍観者の姿勢、無関心の心が受け継がれます。

 そんなことが続くと、人は人の痛みに気づくことさえできなくなります。

 確かに、人の苦しみに関わることは、勇気のいることかもしれません。

 でも、忘れないでください。

 その思いやりが日常に自然な姿で表れるとき、そこに温かい人と人の触れ合いが生まれるのです。

「虹のきずな」指導者用手引き(北九州市人権啓発センター刊)より引用

「虹のきずな」にたくす願い

 「虹のきずな」の授業にとりくんだ際の指導案(先生たちが授業に取り組む前に書く指導法のまとめ書きみたいなもの)に、次のように書きました。

 指導にあたっては、1次目に北九州市人権啓発アニメーション「虹のきずな」をもとに、いじめ(差別)の場面を客観的に見ることで、自己がとってきた行動を振り返らせ、どのような行動をするべきだったか感じ取らせたい。

 また、心に響いた言葉を書き留め、鑑賞後に発表し共有する中で、感性を揺さぶり、今後3年間、人権学習をとおして学んでいくことの必要性を感じとらせたい。

 そして、登場人物の姿をとおして、いじめ(差別)を解決するために必要なことを気付かせたい。
 

 2次目では、1次を振り返り、登場人物と自分のとってきた立場を踏まえ、いじめの構造を図式化することで、問題意識を喚起する。

 そして、実際にいじめの現場に遭遇した時にどのような行動がとれるかを「1人でできそうなこと」「みんなでやれそうなこと」や「すぐにできそうなこと」「時間をかけてできそうなこと」を軸に、考える。

 この改善策を全体で確認することで、今後の意欲の向上につなげたい。

 そして、いじめ(差別)の存在を知っていても動かないことは、いじめを助長することを再確認し、今回の学習を振り返り、自分にできることを探し、一歩を踏み出し行動していくことの大切さを認識させたい。

指導案「虹のきずな」(もへちゃん作成)より引用

「何から始めたらいいだろう」or「虹のきずな」

 どちらも、もへちゃんが提案した中1生の5.23節目の人権学習の題材(いじめ問題)です。

 あなただったら、どっちがいいと思いますか?

 もへちゃんだったら…

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もへちゃん
もへちゃん

 両方したいな~(^^)

 お後がよろしいようで…

虹のきずな|学研映像.com
小学校の図書館で読み聞かせのボランティア...

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