スポンサーリンク

もへちゃん組 初代の卒業の日の通信

2021/03/12

はじめに

もへちゃん
もへちゃん

 もへちゃんが住む地域の中学校は、今日、卒業式でした。

 「体育館での卒業式後の、教室での最後の学活」については、シリーズとしてこのブログで書きました ↓

 しかし、卒業式の日に発行した通信については、書いてませんでした。

 そこで、初代もへちゃん組の卒業式の日に発行した「中央フリーウェイ No.118」(1988年3月16日発行)を紹介します。

はばたきの時!

 船が、冷たい冬をのりこえて、今まさに港に着こうとしている。

 途中、いろんな嵐や困難があった。

 しかし、君たちは、手を取り合って、声をかけあって、みんなでがんばってきた。

 だからこそ、今、君たちは、胸を張って港に入ろうとしている。

 

 思えば、この2年間で、いろんな言葉が君たちの口癖になった。

(当時は、中1が終わるとクラス替えがあり、中2~中3はクラス替えをしてませんでした)

  • 「やる時は、やる!」
  • 「やれば、できる」
  • 「明日の自分にまかせるな」などなど

 そして、その言葉を支えにここまで充実した日々を送れたことを、忘れないでほしい。

熱中、情熱

 君たちの素晴らしさは、物事に対して『熱中』できたってことだ。

 若者の中には、しらけ気分とか無感動でいることを『クール』と言い、ありがたがるやつがいる。

 でも僕は、そんなやつを「かっこいい」とは思わない。

 むしろ

もへちゃん
もへちゃん

 かわいそうやなぁ(>_<)

と思う。

 『熱中』できたいろいろなことが、これから生きていく上で、心の支えとなるんだ。

 君たちは、実に多くのことに熱中してとりくんだ。

  • 合唱コンクール(花・アムール河の波)
  • 体育祭
  • 文化祭
  • それらの基盤である班作り…

 だからこそ、卒業式の日にもう一度「アムール河の波」を歌ってほしいと呼びかけることもできたんだ。

 『熱中」=『情熱』であり、『情熱』は、いつの時でも(恋をしたとき、部活動をするとき、人生の目標のために勉強するとき、プロになるべく仕事を憶えているときなど)熱く燃やしてほしいのだ。

 それが、無限の可能性を持つ若者にふさわしいと思う。

 僕は、情熱では君たちにひけはとらないと思っている。

 しかし、僕が教師でなく、君らと同じく中学3年生であったら、いろんな行事をもっともっと感動できたろうな~。

成長

 航海もまもなく終わる。

 もっともっと伝えたいことがあるのに。

 このへんが、まだ1人前でない教師の未熟さなんだな~。

 でも、君たちが成長したように、ともに僕も成長してきたと思う。

 君たちが学ぶように、僕も学んできた。

 そしてわかったこと。

 いつまでたっても人間は、成長しようと思えば、成長できるんだ。

 いろんな人の意見を聞き、姿を見て、自分の頭で考えれば成長する。

 正しいと思うことを取り入れれば、より大きな人間となっていく。

 耳をふさぎ、世間に背を向け、すねていれば、成長は止まる。

 どうか、草花が太陽に向かってスクスクと育つように、君も「より大きな君」になってほしい。

 早く僕を追い越してほしい。

はばたきの時

 さぁ、2年間の航海も、いよいよ終わりになろうとしている。

 5組の教室での「クラスの卒業式」を終えたとき、そこが到着地であり、そして新しい世界への出発点でもあるんだ。

 はばたきの時だ!

アムール河の波

 

見よアムールに波白く

シベリアの風たてば

木々そよぐ河の辺に

波さかまきて あふれくる水 豊かに流る

 

舟人の歌ひびき

くれないの陽は昇る

よろこびの歌声は

川面をわたり はるかな野辺に 幸をつたえる

 

うるわしの流れ

広きアムールのおも

白銀しろがねなし(白銀なし) さわぐ河波

広き海めざし 高まりゆく波

白銀なし(白銀なし) さわぐ河波

 

自由の河よアムール

うるわしの河よ

ふるさとの平和を守れ

岸辺に陽は落ち

森わたる風に

さざなみ 黄金こがねをちらす

 

平和の守り 広きアムール河

わが船は行く しぶきをあげて

舳先へさきにたてば 波音たかく

開けゆく世の 幸をたたえて

 

見よアムールに波白く

シベリアの風たてば

木々そよぐ河の辺に

波さかまきて あふれくる水 豊かに流る

作曲:M.A.キュス、作詞:不詳、補詞:K.B.ワシレフ・S.A.ポポフ、日本語詞:合唱団白樺

おわりに

もへちゃん
もへちゃん

 この通信を発行した子どもたちは、もへちゃんにとって、最初の卒業生だったので、「体育館での卒業式後の、教室での最後の学活 超えろ金八シリーズ」で書いたような、ドラマティックなことは何もできませんでした。

 当時のもへちゃん組の皆さん、ごめんなさいm(_ _)m

 ちなみに、紹介した通信は、教室での最後の学活での、もへちゃん自身が語ろうと思った内容です。

 最後の学活の、いよいよ最後に、いつもの帰りの会みたいにこの通信を配布し、もへちゃんが読んだわけです。

 もへちゃんは

もへちゃん
もへちゃん

 僕が教師でなく、君らと同じく中学3年生であったら、いろんな行事をもっともっと感動できたろうな~

のところで、涙してしまいました(T_T)

 心の底から、そう思えたからです。

 当時は、子どもたち15歳、もへちゃん25歳でした。

 今、同窓会等で会うと、子どもたちもおじさん・おばさんになってるので(笑)、当時願った「同世代になった」みたいな感じで、とても嬉しいです(^^)

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました