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学級目標「明日の“自分”にまかせるな」と『学び合い』

2021/04/08

はじめに

もへちゃん
もへちゃん

 前回のブログでは、初代もへちゃん組のクラスの学級目標決めについて書いた通信を紹介しました。

 この1987年の初代もへちゃん組のクラスの子どもたちは、どんな学級目標を創りだしたのでしょうか?

 そこで、前回紹介した通信「高らかに目標を掲げよう」の数日後に出した通信「中央フリーウェイ No.3」(1987年4月?日発行…発行日を通信に書き忘れてました)を紹介します。

目標を考える

記録3

 出ましたねー、フリーウェイ。

 今年もどしどし書いてくださいね…休むヒマがなかったりして…こわいなぁ

 ところで、まず記録1の人のを読んで、最後の〈でも遊びたいなぁ〉これですね、やっぱり。

 素直だなぁって思ってしまいましたね、ホント。

 誰だってきっとそうなんだと思います。

 だけど、そこをあえて頑張れなきゃいけないんでしょうけど。

 さて、クラス目標。

 たくさん出ましたねぇ。

 え~っと、『夢は自分の両手で掴め』…これはわりといいんじゃないかと思うんですが…?

 『心にいつもオアシスを』…私は好きなんですけどね、実は。

 でもクラス目標としては不適当なんじゃないか…とも思いますね、なんとなく。

 『たんぽぽの種のように大空へ』…いいですねぇ。

 すてきな言葉だと思います。

 う~ん、どうかなぁ。

 『明日の“自分”にまかせるな』…うん、「状況倫理の可能性」ですね、あの思い出深い。

 あれから3年はまだたってませんけど、私は未だに「今を生きる」ことを実行できてないなぁとつくづく思います。

 特に今年、3年生のこのクラスの目標としてはいいのではないかと思うのですが。

 『TRY TOGETHER TOMORROW』『1%の天性、99%の努力』…共に捨てがたい。

 『苦あれば楽あり』…水戸黄門を思わず連想してしまうのですが…わはは

 『努力すれば 必ず報われる』…私もそう信じています。

 『自分の持っている力を全部出しきるクラスをつくる』…言ってることはいいんですけどね、これをバチッと決める言葉がないものでしょうかねぇ。

 『一生懸命頑張る!』…素朴だー、でもそうなんですよね。

 『努力にまさるものはない』…なるほど

 『人に勝つより自分に勝て!』…いい、うん、いいと思います。

 『成功は次の成功の呼び水とせよ。失敗は次の成功の足がかりとせよ』…長いんですけどね。言ってること自体はいい。

 『必ず勝つ、たとえ勝てなくとも、必ず負けない』…なんとなく好きです。

と、こんなトコロですね。

 私だったら『明日の“自分”にまかせるな』『人に勝つより自分に勝て』それにあえて『夢は自分の両手で掴め』かな。

 1つにはしぼれませんねー、私には。

 なかなかみんな考えてますね、本当に。

 さぁて…何になるかなぁ…こりゃ

学習の計画と記録(連絡帳みたいなノート)より引用

記録4

 フリーウェイを見て、多くの意見、そしてせいいっぱい考えていることの多さにはじめて気づきました。

私が選んだのは『たんぽぽの種のように大空へ』『夢は自分の両手で掴め』という2つが好きです。

 本当に、夢は自分でつかまえ、かなえさせたとき、初めて実感として自分に伝わってくるものです。

 でも、できることなら全部をクラスの目標にして、1歩1歩前進したいですネ、先生!

学習の計画と記録(連絡帳みたいなノート)より引用

 フリーウェイ No.1で紹介した「目標」について、記録3や記録4のような意見がある。

 全員で考え、全員で決めるから価値がある。

 3の5が、他クラスに誇れる目標を、選出しようや。

おわりに

もへちゃん
もへちゃん

 1987年当時の学級通信の名前は「中央フリーウェイ」でした。

 だから、通信の中に「フリーウェイ」という単語が出てくるわけです。

 ちなみに、この時勤務していたのは、学校名の中に「中央」という言葉が入っている学校でした。

 当然、もへちゃんは、ユーミンの「中央フリーウェイ」という曲を意識してのネーミングです。

 子どもたちのほとんどは、ユーミンの「中央フリーウェイ」という歌があることは、知りませんが…(^^)

子どもたちの文章で埋まる通信

 さて、この日の通信で紹介したような記録3や記録4、これらの記事は、連絡帳の4行日記には、とても入りません。

 だから、子どもたちの一部は、連絡帳にノートを破ったもの?や、便せんを貼り付けてきたりしてました。

 1987年当時は、「班ノート」のとりくみをしてませんでしたが、その後のもへちゃん組では「班ノート」にとりくんだので、そちらにびっしり書いてくる子が増えました。

 便せんや班ノートの記事が多くなると、学級通信の紙面は子どもたちの記録でいっぱいになりました。

 すると、もへちゃんの書く文字数は、ちょっとになりました。

 もへちゃんは、それでいいと思ってます(^^)

 学級通信の紙面上で、子どもたちがやりとりする…今風に言えば、LINEみたいな役割を学級通信が担う…

 こうなるといいなぁって、1987年当時のもへちゃんは、なんとなく思ってました(^^)

 2010年に『学び合い』を知ってからは、その「なんとなく思っていた」ことが、「『学び合い』の考え方に合っていた」ことを知りました。

 どう言うことかというと…

『学び合い』

 『学び合い』を知らなかった2010年以前は、もへちゃんは「先生と子どもとのつながり」を重視してました。

 『学び合い』を知ってからは「先生と子どもとのつながりよりも、子どもたちどうしの横のつながりをつくることにこだわる」ようになりました。

 だから、学級通信が「子どもたちの文章が大半で、先生の文章はちょっと」は、『学び合い』の考え方に合っていると、今でも思っています。

 

 なお、この初代もへちゃん組(中3生)の学級目標は「明日の“自分”にまかせるな」になりました。

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