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識字学級 年末反省会「博多にわか」

2022/07/26

はじめに

もへちゃん
もへちゃん

 もへちゃんの住む福岡県は、7月は「同和」問題啓発強調月間です。

 7月ラストの更新となる今回は、識字しきじ学級のことを報告したいと思います。

識字とは

 「識字」とは、文字の読み書きができることです。

 2003年~2012年は、「国連識字の10年」でした。

 世界中の全ての人が読み書きできるように、識字教育の環境を整えることが、貧困の撲滅ぼくめつ、男女平等の実現のために絶対必要なことだと、国連総会で確認されたからです。

 日本では「国連識字の10年」より40~50年前に、福岡県で「識字学級」がスタートしました。

 部落解放運動をすすめるために読み書きが必要だったからです。

 さて、2011年、もへちゃんが参加させてもらっていた識字学級の雰囲気が伝わりそうな文書を見つけたので、それを報告したいと思います。

 

年末反省会 出し物 博多にわか「識字編」

博多にわか「識字での『うまかぁ』」

 9班なぁ、この一年間、どげな識字ば、したとね?

(9班は、この1年間、どんな識字をしたの?)

 そりゃあくさ、「うれしかぁ」「うまかぁ」「くやしかぁ」とか話したくさ。

(そりゃあ「うれしい」「美味しい」「悔しい」とか話したよ)

 どげな話ば、したとな?

(どんな話をしたの?)

 じゃあ「うまかぁ」の時の話ば、聞かせちゃろうか。

(じゃあ「美味しい」の話を聞かせてあげようか)

 うんうん

 月初めの識字で、ご飯ば、ふるまおうが

(月初めの識字学級で、ご飯を振る舞うでしょ)

 うんうん

 あれ、楽しみったいね。

(あれ、楽しみなんだよね)

 あれは女性部が順番で作りよるったい

(あれは女性部が順番で作ってるんだよ)

 ばってんがくさ、女性部も毎日、忙しいやら慌ただしいやらで、メニュー決めるだけでも大変ったいね。

(でも、女性部も毎日、忙しいし慌ただしいから、メニュー決めるだけでも大変なんだ)

 それで、うちたちの番のとき、できるだけ手間がかからんごと、工夫したったい

(それで、私たちの番の時、できるだけ手間がかからないよう工夫したんだよ)

 何ば、したとな?

(何をしたの?)

 じゃあ問題たい。

(では問題です)

 ア、今までありそうでなかったどんぶりものにした

 ほほう

 イ、ハンバーガーを買って来た

 いや、それはなかったばい

(いや、それは無かったよ)

 ウ、子どもまつりで使った鉄板を使って、やきそばを作った

 そりゃあ、アやろうもん。

(それは、アでしょ)

 豚丼たい。

(豚丼です)

 シメジも入っとったろ。

(シメジも入ってたよね)

 うまかったけん覚えとるばい。

(美味しかったから、覚えてるよ)

 正解たい。

(正解です)

 毎日あわただしか(アは正しか)けど、みんなに喜んでもらって、どんなもんだい(問題)

博多にわか「識字の『うれしかぁ』」

 この後、「うれしかぁ」の博多にわかも演じたのですが、子どもたち孫たちの名前がオチなので、たくさんの方がご覧になるブログでは自粛させていただきますm(_ _)m

おわりに

もへちゃん
もへちゃん

識字学級 年末反省会

 識字学級の年末反省会とは、年に一度、それぞれの班で、どんな識字学級をしてきたかを発表する場です。

  • 普段の識字の様子を寸劇にする班
  • 子どもたち孫たちが通う解放保育所で長く歌い継がれている歌を合唱する班
  • 博多にわかでムラの中学生の成長を喜ぶ班(もへちゃんたちの班ですね、ちなみにこの博多にわかの台本を書いたのは、もへちゃんです(^^)

 底抜けに明るく、あたたかい時間が流れます。

 それぞれの班の出し物を楽しみながらも、自分たちの班の出し物の心配をする爺ちゃん・婆ちゃん・父ちゃん・母ちゃんたちが大好きです。

 また次年度も識字に関わりたいと思わせる瞬間です。

普段の識字学級

 ふだんの識字でもその明るさは健在です。

10月「お月見俳句」

 お月見俳句を書く回の識字では

 え~もう廻ってきたとぉ。

 この前、書いたばっかりやろうもん

もへちゃん
もへちゃん

 いやいや、1年前やし

 え~うそ~

と学級生の婆ちゃん、爺ちゃん、母ちゃん、父ちゃんたちは文句タラタラ。

 けれど、あぁでもない、こうでもないと言いながらも、◯◯町識字50年を織り込みながら見事な俳句をひねり出します。

時折見せるかなしさに

 そんな婆ちゃん、爺ちゃん、母ちゃん、父ちゃんたちだからこそ、時折見せるかなしさがもへちゃんの心に刻まれました。

 2011年度の取り組み「書いちみろうか(書いてみようか)」の「くやしか~」を話していた時のこと、

我が子(と言ってもその「我が子」はもう小中学生の保護者会のメンバーぐらいの年齢の方)が子どもの頃に向けられた差別に対して、怒りよりもかなしみと不安を、今でも抱えて生きていることを語られました。

 その方の普段の姿から、解放運動を強く牽引されるイメージを持っていたもへちゃんは、とてもとても驚きました。

もへちゃん
もへちゃん

 こんなに強いこの婆ちゃんが、実はこんなにも不安を抱えて生きていたんだ…

 ◯◯町識字50年してきて、たくさんの先生や行政の人が「担当者」として関わってきたはずなのに、なんで差別はなくなってないとかいな?

とつぶやかれた言葉が忘れられません。

 だからこそ、先生時代「部落差別の悪循環を学校教育を通して解消していく」ことに全力を尽くしたつもりです。

 いや、先生を辞めた今でも、部落差別を始めとする全ての差別のみにくさ、おかしさを、ブログ等を通して、子どもや若い人たちに熱く語り、次の世代での人権感覚の豊かな世界を実現したいです。

 

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